2015年4月29日水曜日

野良レモン


レモンの漢字、
一生、書くこと無いだろうな、檸檬。


近所に、野良レモンが生っている。




元々は家があった空き地。

剪定も間引きもされてなさそうだけど、
ちゃんと12月ころにレモンが生る。
毎年、このまま放置されては
また翌年、結実している。



なんか、けなげというか、ちょっぴり切なくなる……

所有者がいないならあたいが1つ2つ、
美味しく戴きたいもんだけどなー。
無農薬だろうからぜひとも欲しいなー。


さてさて。
ちみは「レモン」と聞くと初恋や青春を思い出すかい?
運動部だった人は、試合の日にマネージャーが作ってきた
輪切りレモンの砂糖漬けとか思い出したりするのかな。


あたいはね、たまたまさっき、
曽野綾子著の小説
『夫婦の情景』の一篇を思い出したよ。

1973年に発売された小説。
どこにでもいそうな31組の夫婦それぞれの
ささいな日常が描かれている短編集。

夫婦の機微っていうのかな、
悲しいはずなのになぜかちょっぴりホッとした出来事や、
幸せそうな夫婦が実は不幸だったり、
というような話が1話10ページくらいで31話。

まぁー、絶対にハリウッド映画にはならなそうな、
しかしフランス映画にはもしかしたらなりそうな、
そんな感じ。小津映画とかさ。よく知らないけど。


たしかその中の、ある1篇にレモンパンが登場するのだ。

本を、誰かに貸したままになっているんで
うろ覚えだけど
あたいの記憶の中のあらすじを書きます。
(勘違い含む可能性、おおいにあり)
(脚色、多分にあり)


とある老夫婦が、今年も墓参りへ行く。
出征して亡くなった息子、みの吉のお墓参りをするためだ。
(息子ではなく懇意にしていた青年だったかな?)
(みの吉は仮名)

優しくて、よく気がつく、自慢の息子だった。
齢二十、夢も希望もまだこれからだったというのに
「お国のために」と、命を絡めとっていった戦争が憎い。
みの吉の理不尽な運命を想っては
老夫婦は悲しみを寄せ続けたまま生きてきたのである。

命日のその日。
炎天下を二人で歩いて寺に着くと
若者がふざけあっている声が聞こえてくる。
なんと、どこぞの若者たちがみの吉の墓標に腰かけて
レモンパンなんぞ食べながら
楽しそうに笑いあっているではないか!

母親は怒りで体がわなないた。
みの吉が出征したのは
いまの彼らと同じような年齢だった。
知らずに、とはいえ
その墓石に腰かけて大笑いとはなんたることであろう。

悔しさと情けなさが混ざった強い混乱で
涙があふれ出る。
母親は年老いた夫の顔を見上げる。
「私、何か言ってやらないと気持ちが収まりません。
とても許せません!」

ところが夫は意外にも
「まぁ、待ちなさい」と静かに引き止めるではないか。

母親は、穏やかな顔でいられる夫の真意がわからない。
「なぜ? みの吉はお国の平和のために命を落としたというのに。
あんな若者たちのために身命を賭したというならば
あまりに不憫ではないですか!」

夫は静かな声で
「あの若者たちをご覧なさい」と話しはじめる。

あの若者たちをご覧なさい。
ただ、ただ、楽しそうに仲間と笑いあっている。
若者が若者らしく居られる世の中こそが
「平和」なのだ。
この国は今、正しく平和なのだ。


母親は、はっとした。
戦争さえなければ みの吉もあんなふうに
仲間と笑いあい、励まし合い、
青春を謳歌したのかもしれないのだ。
深刻なことなど何一つ知らぬまま、
ただひたすらに「今」を生きている若者たち。
あぁ、この国は確かに平和になったのだ!

母親の頬には
先ほどまでとは違う涙がつたい落ちるのであった。


……みたいな話、だった、かな? かな?

完全にうろ覚え。
もしかしたらレモンパンすら出てこなかったりして(^o^ゞ

いやー、あたい、小説やドラマの続編を
勝手に夢で見ることがあるんで
(監督・脚本・演出=あたい)、
もしかしたら夢で見た映像と混乱してるかも?


ま、とにかく他にもあと30篇の夫婦が描かれている
曽野綾子著『夫婦の情景』。
ストーリーの展開で読ませる本ではなく
読み手が登場人物の心の機微に気付いて考える本なので、
物語的なものを追いたい人にはつまらない本かもしれない。

だから「みんなにオススメ」とは言えないけど
向田邦子あたりが好きな方には面白いと思います。
数年をあけて読み返すと、また感想が変わってくるので
手元に置いておきたい本の1つです。


曽野綾子さんは、最近、
違う意味で話題になっちゃってるけど
(南アフリカのアパルトヘイト問題への発言炎上)、
でも昔書いてた小説はなかなかいいですよ。

チェキラ★