2016年1月10日日曜日

上にある松、下の松


この時期、散歩していて

見るとイヤな気分になるもの。



お正月の松飾り。

ほんの数日「お飾り」されただけでポイ。
見たくない。


ちゃんと松飾りに想いをこめて
お正月を迎えた家なら
平日に戻ったとたんに
こんな棄て方しないのでは?


ということは、ただの「お正月グッズ」として
玄関前を「飾り立てるためだけ」に買ってきたんだよねぇ?


なんかさー、若者のハロウィンの発想と同じ印象だな。
雰囲気アイテム。
買ってきたアイテム。
一時的に楽しんだらポイのポイポイ。やだやだ。


こんなキレイに枝分かれして
「さぁ、これからスクスクといくぜー!」って
希望のかたまりのような松の枝を
こんな風に……ねぇ。心が痛まないのかな。


まぁ、売る方は仕方ないやーね。
でも、買った方は
もうちょっと愛でるなりして
全うしてから処分してほしいなぁと思います。はい。



で、この家のお向かいの家を見上げると
たまたま立派な枝ぶりの松。





うちのあたりは古い住宅街だから
年配者だけの家がたくさんあって

年末は近所で毎日、庭師さんを見かけました。






やっぱり庭師さんの手入れが入ってる木はいい形だーね♪


以前みた、
京都の庭師さんのドキュメント番組。

遠くにみえる山々とうまく融けあうように入れていく
透かし剪定が素晴らしかった。


透かし剪定といえば
一般的には混みあった枝をすいて
まんべんなく陽があたるようにするワザだけど、

その庭師さんは
今も、この先もずっと、
いつでも素晴らしい庭であるよう、
変わりのない山のほうへ合わせて
庭の景色をつくりあげていくのです。


で、その庭師がおっしゃった言葉。

『伝統というのはただ形をおなじに
長く守っていくだけではなく、
自分の代でさらに磨きをかけて
次の世代に継ぐことだと思います。
思いを受け継いでいくからこそ
守っていく意味があるのだと思います』

というようなこと、だったかな。だいだい。


実は数年まえに見た
京都の老舗「瓢亭」のドキュメント番組でも、
先代の高橋英一さん(京都府無形文化財保持者)が
『伝統』についてまったく同じようにお答えしていました。


たとえば、これまでの瓢亭は
歴代ずっとかつおだしを基本としてきたのですが
英一さんはまぐろだしに変更したのです。


味のベースをまったく変えてしまうこと。
「瓢亭の味」「伝統の味」を変えてしまうこと。
たいへんなことです。

しかしその味は受け入れられ
瓢亭は「老舗」という看板だけでなく
「味」の評価でもつねにトップを維持してきました。


が、先ごろ、15代目を継いだ息子の義弘さんは
また、かつおだしに戻したのです。


自分の味を変えたことについて
英一さん(まぐろ)は(かつおに)何とも言いません。
そして、

『伝統とは味を引き継ぐことではなく、
その時代に一番いいと思うやり方で
さらに良くして次へ継ぐこと。
だから伝統というのは
【今】が一番新しくて、一番いいのです』

とおっしゃるのであります。
(記憶違いがなければ。そのうち録画で確認してみる)


それから、
『味の模倣=伝統を受け継ぐことではない』からと
京都の老舗料亭同士で調理場に立ち入って
レシピの公開をし、研究しあっているのだそうです。

自分のところだけ「京都の伝統料理」を守っていくよりも
京都全体としてこそ意味がある、とのお考えだそう。


なるほど、あたいは
伝統というのは
古い時代にすでに確立された素晴らしいもの
(=ピークは昔)を
長く再現しつづけることだと思っていたので
この「今が一番いい」という
”思いを受け継いでいくこと”こそが伝統であるのだ
というのは目からうろこでした。


あたいは伝統を受け継ぐ立場ではないけど、

想いのこもっていない
見た目だけの松飾りや

作り手の願いがこもっていない
買ってきた豪華おせちを以って


「日本の伝統・文化・風習だから」と
形だけ取り入れることには
まったく意味はないと思うのであります。


都会の、ひとり暮らしの若者が
コンビニで買った小さなワラ飾りでお正月を迎えたとしても
それが育った実家での風習を思い出してのことならば
すごく意味があると思うし、

たとえ年越しソバが
インスタントの「緑のたぬき」だとしても
願いを込めて食するのであれば
それは意味があるのだなよぁと思うわけで。


黒煮豆は買ってきたとしても
栗きんとんや紅白なますくらいは
願いを込めて手作りしたいなぁと思うし、

豪華にカニや海老が入っていなくたって
家でワイワイ作った恵方巻のほうが
意味があると思うわけで。


願いを込めない松飾りなんて意味ない。

形だけの行事ならやめちゃえ!


自家用車に飾ってた
正月飾りの風習が
スタれたようにねっ♪

あ、でも今年、1台だけソレを見たときに
古き良きモノをみた気分になれたから
それはそれでもいいのかな。